『三国史記』新羅本紀・智証麻立干紀及び『三国史記』列伝・異斯夫伝は、ほぼ同文で異斯夫の于山国討伐の経緯を伝える。于山国(鬱陵島)は溟州(江原道)の東海に浮かぶ島国であり、陸続きではないために往来の容易でないことを恃みにして新羅に服属していなかった。何瑟羅州軍主となった異斯夫は、于山国の人々が勇猛ではあるが思慮の浅いことを見てとって、力攻めにするのではなく計略によって服属させようとした。そこで木造の獅子像を数多く作って船べりにならべ、船を于山国の岸辺につけて、「もしお前達が服従しないのであれば、この獣を解き放ってお前達を踏み殺させよう」と呼ばわった。于山国の人々は恐れをなして降伏した。
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同様の話が『三国遺事』紀異・智哲老王条にも伝わっており、こちらでは、于陵島(鬱陵島)討伐を伊飡(2等官)の朴伊宗に命じたと記されている。
『三国史記』列伝では異斯夫伝の直前に居道伝を記しているが、居道は第4代脱解尼師今の時代の人であり、新羅の隣国の于尸山国(蔚山広域市)・居柒山国(釜山広域市東莱区)を滅ぼすために、多くの馬を集めて兵士に駆け回らせるという遊戯を毎年繰り返し、于尸山国・居柒山国の人々に見慣れさせた。両国の人々がこの馬遊びに慣れてしまって兵馬が近寄っても不審としなくなった頃を見計らって、居道は両国を急襲して滅ぼした。異斯夫伝には、異斯夫がこれと同じ計略(馬遊び)を用いて伽耶を滅ぼしたと伝えている。