2009年06月21日

病理学的検査(びょうりがくてきけんさ)とは

病理学的検査(びょうりがくてきけんさ)とは、病理学の手法を用いて行う検査のこと。病理学的検査は臨床検査技師等に関する法律第2条で定めらた検査のひとつであり、病理標本作製や病変の判断を伴わない細胞等の顕微鏡検査を指す。

臨床検査技師等に関する法律施行規則第12条衛生検査所登録基準の別表第1に掲げられており、病理学的検査は微生物学的検査、血清学的検査、血液学的検査、生化学的検査とともに衛生検査所が医療機関から受託できる検体検査である。
病理標本作製と病理専門医等が顕微鏡等で病理標本を観察して行う病理診断を指すこともある。
クラシック音楽
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への付く言葉
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靴に囲まれて
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通訳
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解説 [編集]
2008年4月の診療報酬改定ではそれまで第3部検査にあった病理学的検査は第13部に移り名称も病理診断に変更された。現在の診療報酬点数表では病理学的検査の名称はない。

主治医が患者に「病理検査の結果、腫瘍は良性でした」などという場合の病理検査は病理専門医等による病理診断のことであり、病理技師による病理学的検査ではない。

2009年06月02日

正秀一派が活躍する一方で、信州に鬼才が生まれる

はじめは大阪新刀の流れを組む尾崎一門の河村寿隆に作刀を学び、侍になるべく江戸へ出、幕臣であり軍学者であった窪田清音に才能を見出され、各家伝来の古名刀の写しを作る。彼こそ、江戸期を代表する刀工となった源清麿である。私生活に問題があり、長州に隠遁したり、鍛刀せずに大酒を飲み、当時の著名刀工固山宗次と飲み比べ合戦を行ったエピソードは有名である。源清麿は初銘を「秀寿」と切り・「環」・「正行」・「清麿」と推移する。四谷に住んだため「四谷正宗」の異名を持つ。古作の現物を見て写しを造り腕を磨いたため、正秀一門の写し物とは姿、出来が大いに異なる。特に左文字写し、志津兼氏写しを得意とした。地鉄も他の新々工とは一線を引き、鍛え肌美しく力強い。また、焼き刃は古作の如く、盛んに金筋を交える。しかし、多額の借金(鍛刀の前受け金)を残し42歳で自殺した。弟子に栗原信秀、藤原清人、鈴木正雄がいる。藤原清人と栗原信秀は、師匠が自殺した後、残された約定の鍛刀を引き受け、借金を返したという逸話を残している。
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水戸勤皇派による天狗党事件、井伊直弼が暗殺された桜田門外の変等あり、諸国でも佐幕派と勤皇派が入り乱れて闘争が行われるようになる。時代環境に合わせて、江戸初期以降、作刀数の少ない短刀の需要、長大な刀を好む武士も増え、作刀が再び繁栄を始めたところで明治維新を迎える。明治6年(1873年)に仇討ちが禁止され、明治9年(1876年)3月28日に警察官・軍人以外は帯刀を禁止する廃刀令が出されたことにより、日本刀は急速に衰退してしまった。

2009年04月30日

于山国討伐の計略

『三国史記』新羅本紀・智証麻立干紀及び『三国史記』列伝・異斯夫伝は、ほぼ同文で異斯夫の于山国討伐の経緯を伝える。于山国(鬱陵島)は溟州(江原道)の東海に浮かぶ島国であり、陸続きではないために往来の容易でないことを恃みにして新羅に服属していなかった。何瑟羅州軍主となった異斯夫は、于山国の人々が勇猛ではあるが思慮の浅いことを見てとって、力攻めにするのではなく計略によって服属させようとした。そこで木造の獅子像を数多く作って船べりにならべ、船を于山国の岸辺につけて、「もしお前達が服従しないのであれば、この獣を解き放ってお前達を踏み殺させよう」と呼ばわった。于山国の人々は恐れをなして降伏した。
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同様の話が『三国遺事』紀異・智哲老王条にも伝わっており、こちらでは、于陵島(鬱陵島)討伐を伊飡(2等官)の朴伊宗に命じたと記されている。

『三国史記』列伝では異斯夫伝の直前に居道伝を記しているが、居道は第4代脱解尼師今の時代の人であり、新羅の隣国の于尸山国(蔚山広域市)・居柒山国(釜山広域市東莱区)を滅ぼすために、多くの馬を集めて兵士に駆け回らせるという遊戯を毎年繰り返し、于尸山国・居柒山国の人々に見慣れさせた。両国の人々がこの馬遊びに慣れてしまって兵馬が近寄っても不審としなくなった頃を見計らって、居道は両国を急襲して滅ぼした。異斯夫伝には、異斯夫がこれと同じ計略(馬遊び)を用いて伽耶を滅ぼしたと伝えている。

2009年04月15日

アイスランド王国

アイスランド王国(アイスランド語:Konungsríkið Ísland, デンマーク語:Kongeriget Island)は、1918年から1944年まで存続した、デンマーク王国との同君連合体制下におけるアイスランドの国家。国家領域は現在のアイスランド共和国と同一である。

11世紀以降、長らくノルウェーとデンマークの支配下にあったアイスランド島であったが、独立を求める住民の声に押され、1874年に自治法が制定された。20世紀初頭の1904年にデンマーク領の自治領となり、1918年にはデンマーク国王クリスチャン10世を元首とする同君連合国家として独立を果たす。ただし、外交をデンマークに委ねるなど、実質的には自治領の域を出ない半独立国の扱いであった。

第二次世界大戦の最中、宗主国デンマークがナチス・ドイツに占領され、戦略上の必要からイギリスがアイスランドを占領(アイスランド侵攻)。その後はアメリカ合衆国の統治下に置かれた。デンマークからの自立を熱望していたアイスランド市民はこれを好機とし、1944年にデンマーク王冠から分離。同年6月17日に「アイスランド共和国」として完全独立を宣言し、初代大統領にスヴェイン・ビョルンソンが選出された。

久兵衛 弁慶国内 ユニット ノール とうもろこし レーズン おっくう ジャル パイダー デザート カメオ 四ツ溝柿 ドヤム ハマー ジグ ブルー フライス デリー トレイル 養老 チロリ パンテ スパイラル ティッカー イール シドニー ハナタ フィッ ノンド キーロガー シャワ バクー国内 プレーヤー ピエタ タリン 白い香 オリーブ ライプ カップル 眠り姫 ネブラ リンス 待ちぼうけ ワースト スマート フリーレ ドックス デッサン ズバー

2009年03月31日

栃錦清隆

栃錦 清隆(とちにしき きよたか、1925年(大正14年)2月20日 - 1990年(平成2年)1月10日)は、東京府南葛飾郡(現在の東京都江戸川区)出身の大相撲の第44代横綱。本名、大塚清(おおつか きよし)(のちに栃木山の養子になり、中田姓)。身長178cm、体重132kg。春日野部屋所属。初代若乃花幹士との対決で相撲界に戦後屈指の黄金時代「栃・若時代」を築いた。軽量の業師のイメージで語られることが多いが、横綱昇進後は体重も増え寄り・押し中心の相撲。引退後は年寄・春日野として日本相撲協会理事長もつとめ、両国国技館建設などに尽力した。JR小岩駅構内に彼の銅像が立っている。愛称・土俵の名人、マムシ。(小兵であるにもかかわらず廻しを取るとしぶとく寄る、食らいついたら離れない取り口から)
とまま 月の微笑 アテンポ アトゥドア トリビュ ブイWEB イアリン リスト タンザ マルチ ティック ガーナ デジャブ ぴっこ エミュー レーター マルク レンジャー チータ リーシム タカス イミング チャー オペレ トサミズ イチョウ ワラント ギアサン ミヤマ 一意専 ツァーリ テーマ ネメシア チャック プラグ フレンドリー キープトコ えいち リユース パラソル みるいろ ミル スキーヤー ダイウェブ フリータ カツラ ブラジル レジデント パテ シマル

入門から横綱昇進まで [編集]
蛇の目傘の製造を営む家の二男として生まれる。少年時から運動神経は抜群で、近所の八百屋の勧めもあって春日野部屋の門を叩く。昭和14年1月場所初土俵。四股名の栃錦は師匠春日野が自分の現役名栃木山と師匠の兄弟弟子大錦からつけた。この場所4日目双葉山が安藝ノ海に敗れて連勝が69でストップしたが、この「世紀の一番」を兄弟子の世話のために花道の奥にいて目撃した。「あの相撲をこの目で見られたことは、土俵人生を通じての財産だった」とのちのちまで語った。

はじめ兄弟子の付き人についたが、年端もいかないうちからこきつかわれるのを見かねた春日野が自分付きにした。その食事の世話などをしながら、さまざまな訓話を聞かされた。新十両が決まった時、親方の指示で靴磨きをしていたが関取にしか着用を許されないドテラを着ていることに気がついた親方に「おお、すまん、おまえはもう関取だったな」と言われたことがあった。

「自分にとって栃木山と双葉山は神様です」と語っていた。幕下時代、双葉山が春日野部屋の幕下力士全員を呼んで稽古をつけた時、この日栃錦はちゃんこ番だったにも関わらずこれに参加した。そして双葉山と組んだ瞬間に「おまえ魚くさいな」と冗談交じりに言われて放り投げられたらしい。また、師匠のつかいで料亭の双葉山を訪ねた時、その場にいた芸妓の美しさと、そんな美女をはべらせて悠然としている双葉山の姿に胸を打たれ、強くならなくてはと誓った逸話を、後に明かしている。

新弟子検査は、飯と水を腹一杯に詰め込み、はかりの上に飛び乗って針を大きく揺らして通過したというほどの軽量で、周囲からの期待はさほど大きくなかった。ただ、春日野だけは「三段目にあがってさすがに厳しいかと思っていると、ちゃんと相応の相撲を取る」と評価していた。というより、有望な弟子たちをつぎつぎ兵役にとられていくなかで、春日野としては彼に期待するしかなかったのだろう、とも言われている。後に春日野は「新十両の頃はこれが唯一の関取経験になると思ったら十両でも通用した、そう思った頃には幕内になって、それでも上位には通用しないと思ったら三役、三役はつらいかと思ったら大関になった、大関になって流石に横綱は無理だと思ったら横綱、こんなことなら若い頃からもっと稽古をつけるべきだった」と語っている。

昭和19年5月場所十両昇進。しかし、同時に徴兵され終戦まで軍隊生活を送る。その体格のため、最初は関取とは思ってもらえなかった。上官との訓練としての草相撲でも手心を加えることがなく連戦連勝、それでようやく十両力士だと知ってもらえた。

昭和22年6月場所入幕。入幕時の体重はわずか75kgしかなかった。この場所は4勝6敗と負け越しだったが、このときはまだ東西制が実施されており翌場所の陥落を免れる。翌場所から系統別総当り制が実施されたこともあり、これは強運だった。この後、幕内に定着する。

昭和26年1月場所、前頭2枚目で初日から7連敗したが、8連勝して勝ち越した。当人によれば、「上に負けて下に勝ったというだけ」となるが、もうひとつも負けられないところからの復活は恐るべき集中力といえるだろう。翌場所再小結、以降三役に定着し大関横綱へ駆け上がっていくので、この勝ち越しは大きかった。昭和27年9月場所、途中高熱を発したが14勝1敗で初優勝、感涙に暮れた。場所後大関に昇進、このとき体重98kg。

平幕から三役にかけては、「相撲の技はすべて使った」といわれる業師ぶりを発揮した(その相撲ぶりを技の展覧会と評されたりもした)。幕内を通して記録した決まり手の数が48なので、必ずしも大げさな比喩ではない。現在でも反り技など滅多にでないものが決まり手の中に残されているのは、最初に協会発表の公式の決まり手が制定された当時、栃錦が現役でいたからだといわれている。5場所連続で技能賞を受賞するなど、「技能賞は栃錦のためにある」とまで言われた。

一方で「無駄な動きが多すぎる」といった批判もあったが、横綱昇進のころ(106kg)から見違えるように体重も増え140キロにもなるほどになり、無駄を排した寄り押し相撲中心の取り口に変わった。一人の力士がその土俵人生でこれほど明らかに取り口が変化し、そして大成した例は少ない。

大関から横綱にかけての相撲についての評価が高いが、当人は終生、「身体の小さいものでも努力次第であれだけ取れた」と平幕時分の相撲の方を重視していた。後に理事長となってから、新弟子検査の審査基準の撤廃に最後まで反対したが、「小さいものが生き残るのは大変な世界だから」という言葉は実感であっただろう。

2009年03月17日

古都京都の文化財

古都京都の文化財(こときょうとのぶんかざい)は、京都府京都市・宇治市、滋賀県大津市に存在する寺院等の総称。1994年にユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録された。
サクソニ ルンバー ソブー ミルク てやり ライフ レビス 待ちぼう マジシャン 青春 オーバ フェー スクリュー ディトム チグリ ファーレ レギュレ レゾナ クホス フェムド オタク サテュロス マキシ るもい ステッチ チヂミ ボート トップ ジャッ 大同情報 ジュラル ストロ カバオ ルビー ブロー キング イラマチオ 月夜の オブシデ ジップ ギモーブ マッチ 幸運快適 つる菜 ラナイ メコン リイシュー スラッシ ローテー だて

賀茂別雷神社 (上賀茂神社)
賀茂御祖神社 (下鴨神社)
教王護国寺 (東寺)
清水寺
延暦寺
醍醐寺
仁和寺
平等院
宇治上神社
高山寺
西芳寺 (苔寺)
天龍寺
鹿苑寺 (金閣寺)
慈照寺 (銀閣寺)
龍安寺
西本願寺
二条城

登録基準 [編集]
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
具体的には、

(2) 京都は8世紀から17世紀の間、宗教・非宗教建築と庭園設計の進化にとって主要中心地であった。そのように、京都は日本の文化的伝統の創出において決定的な役割を果たし、特に庭園の場合において、それは19世紀以降世界の他の地域において意義深い影響を与えた。
(4) 京都の現存文化財における建築と庭園設計の集積は前近代における日本の物質文化のこの側面に関する最高の表現である。

拡大登録計画 [編集]
登録当時から時間が経過し周辺環境や景観の悪化が進行しつつあるため、京都市を中心に遺産の追加登録計画が持ち上がっている。具体的には、

知恩院
大徳寺
永観堂禅林寺
が登録に前向きの姿勢を示しており、京都市が

京都御所
嵯峨嵐山一帯
の追加登録を目指している。また

東山一帯
桂離宮
修学院離宮

2009年03月01日

デルトラ・クエスト

影の王国から捕虜を救出することに成功したリーフ達だが、デルトラは未曾有の大飢饉に見舞われてしまう。国土は荒廃し、民は飢餓に苦しんでいた…。

リーフも水晶を通して聞こえる影の大王の声に悩まされていた。その声にすっかり憔悴しきったリーフは水晶の破壊を決行する。そして、破壊した水晶から影の大王によって仕組まれた「四人の歌姫」計画を知るのであった。四人の歌姫を倒し、デルトラを復興させるため、リーフ達は三度目の冒険の旅に出る。

リーフ(Lief)
声:坂巻亮祐
デル出身、デル族の少年。この物語の主人公。16歳。デル市民を苦しめる影の大王や影の憲兵団に対して強い反感を抱いていた。幼少の頃から両親に教育され、デルトラの書を暗記するなど人一倍の教養を持つ。頭の回転がとても速く、やさしい心と強い正義感の持ち主。目先の正義にとらわれ先が見えなくなる事が多く、精神的に未熟な面がある。デインとジャスミンが一緒にいた時にジャスミンを気にしていた事から、自身それと気付いていないが意識してはいる様である。
実は彼こそエンドンの息子であり、真の王国の継承者。彼が正しい位置に宝石を嵌めたベルトを着ける事でベルトは本当の力を発揮する。
バルダ(Barda)
声:屋良有作
元デル城の衛兵。母・ミン(エンドン国王の乳母)が殺されたことを機に城を脱出する。祖国と母の仇討の為に一人で宝石の奪還を目論むもジャードに止められ、リーフの援護を任せられる。冷静かつ達観的な性格で戦闘能力に長け、年長ゆえリーフやジャスミンを時に父親のように諭す言動も多いが、影の王国の罠に対する耐性は低い。旅立つまでは浮浪者に化け、影の憲兵団の情報を集めていた。
ジャスミン(Jasmine)
声:高垣彩陽
デル族の少女。この物語のヒロイン。16歳。7歳の時に両親を影の憲兵団に拉致され、クリーやフィリと共に沈黙の森で育つ。自然を愛し、鳥や樹木と会話することが出来るという能力を持つ。今まで集団行動をした事が無かった為、社会の規則を破る事は随所に見られるが、同時に冷静な判断力を併せ持つ。リーフに好意を抱いているようで、リーフが他の女の子と親しげに話していると嫉妬している。原作の最終巻にてリーフと結婚する。原作では黒髪とあるが、アニメでは萌葱色(深い緑 / #006e54)で描かれている。
クリー(Kree)
声:伊東みやこ
ジャスミンと共に沈黙の森で育った黄色い目を持つカラス。クリーがまだ巣にいた頃、魔女テーガンに両親と兄弟をさらわれた。雷が大嫌い。
フィリ(Filli)
声:池田千草
ジャスミンと共に沈黙の森で育った毛玉ネズミ。第六感で危機を察知することが出来、その際には身の毛を逆立てる。毛の色は原作では灰色とされているが、アニメでは若苗色(淡い黄緑 / #c7dc68)で描かれている。

デルトラ王室
アディン(Adin)
デルトラ初代国王。鍛冶屋であった。夢のお告げで鋼のベルトを作り、各部族に護石をベルトに収めるよう懇願した。デルトラ中央の平原で勃発した「デルトラの戦い」で勝利。影の大王軍を駆逐し、デルトラ王国を建国する。彼の冒険は「デルトラの伝説」で見ることができる。
ツァーラ
アディンの王妃で、トーラ族出身。アディンは彼女を愛し、彼女もまた彼を愛した。以来デルトラ王家は、トーラ族から結婚相手を選ぶのが伝統となる。
エルステッド国王(King Elstred)
アディンのひ孫。食べてばかりの生活で肥満体型になり、主席顧問官の進言で、ベルト着用を儀式のときのみとした。
バラム
エルステッド国王の弟。主席顧問官の発言に度々反対したため、主席顧問官の術中にはまり、顔面に大火傷を負い、仮面を着けるようになった。エルステッド国王の飲み物に毒を仕込んだ容疑で捕まりそうになり、命からがら城から逃げ出した。その後、旅芸人を集めて「仮面一座」を設立。初代座長になる。
ブランドン国王(King Brandon)
エルステッド国王の孫。主席顧問官の助言で、ララド族の力を借りてデルの丘に巨大な城を築いた。それ以降、王族の安全を考慮して、王族は外出しないことが掟になる。
オルトン国王(King Alton)
エンドン国王の父親。熱病が原因で急逝したと思われていたが、実はプランディンに暗殺されていた。
エンドン国王(King Endon)
声:松本保典 / (少年時代)本田貴子
デルトラ王国の国王。ジャードの親友。父オルトン国王の逝去に伴い、若くして即位する。しかし、主席顧問官の謀反でデル城が陥落。エンドン国王とその王妃は城を追われてしまった。在位の時は主席顧問官の策略で国の荒廃を知る事はなく、それゆえ王に見捨てられたと感じていた国民の信頼を失っており、エンドン国王がベルトを装着しても反応しない。城を脱走後、どこか遠くへ落ち延びたと思われていたが…。
シャーン王妃(Queen Sharn)
声:寺田はるひ
エンドン国王の王妃。トーラ出身。デル城の塔で、窓からプランディンを突き落とす。エンドン国王と共に城を脱出した。このとき既に王の子を身籠っており、その子供がベルトを身に着けるとデルトラは影の大王の圧政から解放される。

影の王国とそれに与する者達
影の大王(The Shadow lord)
声:銀河万丈
堕落した王家の隙を突きデルトラ王国を支配した影の王国の帝王。全てのシリーズでリーフ達を苦しめた。その性格は狡猾にして残虐、またかなりの策士家で、常に周到な計画を立てている。元は人間で、大昔にデルトラにやってきた魔法使いだったが、もはや人ならざる者へと成り果てている。原作では最後まで直接登場はしなかったが、アニメでは普段は城の奥深くの謎の空間で目だけを光らせてファローたちに命令を下しており、終盤にて巨大な山の様な化け物としての姿を現した(ただし、これが影の大王の真の姿であったかどうかは不明)。覚醒したベルトとリーフの手によってデルトラ王国から追放されるが、滅んではおらず、今でも虎視眈々と王国を狙っているとされ、策略でリーフ達を影の王国に誘き寄せたり、四人の歌姫を使ってデルトラを破滅させようとも目論んだ。
アグラ
エルステッド王朝時代の主席顧問官。疑問に抱かれない程度に少しずつ王族を掟や贅で縛り、堕落させていった。
プランディン(Prandine)
声:江原正士
オルトン王朝、エンドン王朝時代の主席顧問官。いかにも悪人顔である。オルトン国王を暗殺した。以前から城外からの情報は握り潰して荒廃する国の状態をひた隠し、遂には讒言でジャードを城から追い出した。その後正体を明かして反乱を起こし、エンドンと戻ってきたジャードを追い詰めるもシャーンの機転で塔から転落し死亡。
バポス ランパン スモーク ワード ねじめ ブルー ケチャ ゴム編み じゃっこ リッチ マリンスノ ラーマー パブコメ フェテ タリア 森の小人 ザイール パパ シエナ ユニット アセビ ムスク フォルタ メンテ ミサンガ ディス ジーンズ ニュート ブラッシ ブロック タイチュー ブルネット フラワー チュート ダブル クーチュ エアリアル スワジ 地平線 セミオート パテント 黒いカバン リンパ バトン 人魚姫 ハンドガン ラスプーチ スイン クラウト ターテー

ファロー(Fallow)
声:江原正士
影の大王が唯一腹心の部下として認めている第一の側近。容姿がプランディンと酷似している。野心家で計算高い性格。自分以外の部下を下に見ているが、テーガンとイカボッドとは何故か馬が合う。影の大王の命令には絶対服従を誓っている。アニメではデインを役立たず同然にみていた。処刑台で全員の抹殺を企むが、交戦中の末に隙を見たリーフの両親の機転により鎖を首に巻きつけられ、アクババの力により赤い円錐型の物体が落下したあと白熱している液体により焼け死んだ。アニメ版では正体はAオルで(原作でもその点を示唆されているが詳細は不明)、直接戦闘でリーフを追い詰めベルトの宝石をバラバラにしたが、最終的にはリーフに心臓を刺されて死んだ。
魔女テーガン(Taegan)
声:藤田淑子
デルトラ北東部を支配する魔女。見た目は若いが正体は老女。好物はカラスで13人の子供を持つ。魔法で全身を守り、指先から光線を発する。
原作では、呪いの解けかけたソルディーンに止めを刺すためリーフ達に襲い掛かるもカラスのクリーによって魔法で守られていない指先を一撃され悶え死ぬが、アニメでは、一度影の大王の手により自身の付けている指輪から再生し(原作では指輪の設定は無い)、子供達とともにリーフを罠にかけるが今度はラピスラズリの魔力で再び滅びる。その後再び復活し、またしてもリーフ達を追い詰めるが最後にリーフの宝石の力により善の心を取り戻し、子供たちとともに光に包まれて消えていった。その後、人魂の姿で自分自身に化けたオルに追い詰められたリーフ達を助けたりもした。DS版ではソルディーンが倒された後撤退し、魔物の洞窟で立ちはだかる。影の大王との関係性は不明だが、配下もしくは同盟的間柄であると思われる。
影の憲兵団
声:太田哲治 / 稲田徹 / 近藤孝行 / 逢坂力
影の大王に忠実な軍隊で、人間ではなく影の大王の工場で製造される。常に、10人1組の集団で行動し、恐喝、盗み、殺人など素行が悪い。また仲間を平気で見捨てる冷たさも持っている。使用期間を越えると廃棄処分となり、新しい隊と入れ替わる。中でもカーン部隊と呼ばれる小隊が影の大王直属の精鋭として名高い。主な武器は剣と火ぶくれ弾という猛毒を含んだ射出式の爆弾。
ネズヌク
チュルナイの街を支配する、奇妙な仮面を被った9人の清浄委員。僧侶。街の掟を破った者には容赦しない。処罰や攻撃の際には鞭を使い、これを巧みに操る。纏う赤い服は本来はネズミやカビなどから身を守る衛生服でもあり、ラット・シティから追われた者達を衛生面での強迫観念で縛り付けている。その正体は影の大王の配下の元ネズミ捕りで、チュルナイで作られた食料をデル城に運び、憲兵団に支給するのが彼らの役目。ネズミの街で大蛇リアを育てたのも彼らである。
ライ
声:野島裕史
ネズヌクの主席。街の掟を徹底している。チュルナイの奥にある運搬通路から脱出しようとしたリーフ達の前に立ちはだかるも、衛生服を奪われてそこから通路内に蔓延る菌の侵蝕を受けて命を落とす。DS版ではリーフ達に倒されて衛生服を剥ぎ取られた後そのまま生死不明。

2009年02月11日

フィギュア萌え族

「フィギュア萌え族」という言葉が誕生するきっかけとなったのは、2004年11月17日に発生した奈良小1女児殺害事件である。大谷昭宏は、この事件の犯人はアニメや恋愛ゲームに没頭するフィギュアおたくであり、犯行の動機を「少女をフィギュア化して犯人の支配欲や所有欲を満たす為」と推理。これ象徴する言葉として「フィギュア萌え族」という造語を作り、ワイドショーやスポーツ新聞などでこの言葉を引用し、事件に対する自身の主張を行った。
ドタキャン ターム みゅすか オプテ オースト ヌクレ バコマ ソプラ シャン ライナ オオボ チョン ネコン ブロス ロード おおだま バリア チャーム ヤブコウジ シアター 風模様 フェニック ジェット サーチ群青 トウバ マルア コンバレー サンベ ジャンパ アパチャー フィジカ キュリー スカンジ シガー タワナ マンガ グーイ デュオ トリレ ラジアン ピーチ パール チーム ビースト オシロ エリトリア トラッ トデー 樹やしき リュウノヒゲ

大谷昭宏のオタク観
「フィギュア萌え族」という造語を作った大谷昭宏のオタク観について触れる。

実際の事件を基にした漫画
東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件が未解決なまま続いていた1988年11月、大谷昭宏が原作を務めたフィクション漫画『獅子のごとく』が出版される。作品中、警察官である主人公の正義感の強さを示すエピソードにおいて、少女への性犯罪が描かれている。 また、その後に連載を開始した『こちら大阪社会部』では、性的殺人事件の犯人像をストーカー的な意味合いで、「オタクっぽい奴」等と表現している[要出典]。その内、1993年に連載された内容は、1976年に発生し、大谷が取材した事件「シーヤリング工場羽衣女子寮OL殺人事件」をアレンジしたものであり、実際の事件と同様、漫画の中でも事件は未解決のまま終わっている。

恋愛ゲームを基にした漫画
漫画『こちら大阪社会部』の中で、『バーチャルアイドル編』と題し、「同級生」や「ときめきメモリアル」を模したと思われる恋愛ゲームのマニアが、ヒロインを演じている声優を拉致し、ヒロインの攻略条件に近い状況に監禁するという架空の事件を描いている。拉致、監禁することにより、声優が自分の事を好きになると思い込んで犯行に及んだという筋立てとなっており、いわゆる「バーチャルリアリティ」や「擬似恋愛」を題材に描いたストーリーであった[1]。

なぜ「フィギュア」だったのか
フィギュアを持ち出しているのは、キャラクターがフィギュアとして商品化されているアダルトアニメや漫画、恋愛ゲームを批判する為である。被害者が「モノ扱い」された凄惨な事件と関連付ける為には、フィギュアすなわち「人形」が丁度良かったのだと思われる[要出典]。犯人逮捕後には、「極端な形のフィギュア」「一部の変なフィギュア」等と表現を変えており、犯人から押収された手製のダッチワイフについて「フィギュアが出てきたじゃないか」と主張している。

奈良小1女児殺害事件に関連する論争
事件に関連する発言とそれに対する各方面からの反応をまとめる。

大谷昭宏の発言
この記事や節には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります。Wikipedia:独自研究は載せないを確認の上、情報、解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください(テンプレート)。

犯行の動機について
「犯人は少女をフィギュア化して性的支配欲や所有欲を満たす為に殺害した」と主張。

犯人の人間像について
犯人逮捕後、大谷昭宏は押収されたダッチワイフを指して、犯人は「フィギュアおたく」ふだという自説は正しかったと主張。起訴され被告となった犯人自身も、第3回公判の中で少女の遺体を「傷ついた壊れたおもちゃとしか思わなかった」と供述。この発言は、大谷昭宏が主張した「モノ扱い」という説を裏付けている。

犯人逮捕前
事件が発生した直後の2004年11月19日、事件の第一報を伝える日刊スポーツの記事に、犯人からのメールの文言「娘をもらった」が「モノ扱い」した表現である事を根拠に、犯人が女児を人形化する為に殺害したと推理し、「人間的感情持たぬフィギュア世代の犯行か」とコメントをよせた。

2004年11月22日、ABC(朝日放送)制作のワイドショー、「おはようコールABC」で事件の犯人を、いわゆるロリコンではなく「フィギュア萌え族」であると主張。

翌日の日刊スポーツ・大阪エリア版の連載コラム「フラッシュアップ」では『対話も感情もない「萌え」のむなしさ』を掲載、この中で事件の犯人像として考えれられるのは生身の人間ではなく、恋愛ゲームやアニメ等二次元の少女しか愛せないパソコンオタク、もしくは秋葉原系フィギュア マニアをという自論を展開。また、同日のスーパーモーニングに電話出演した際、犯人像を「萌えの人」と表現。 そして、一連の発言の中で、犯人が女児の遺体を傷つけた事について「フィギュアおたくの非常に特徴的なところ」とコメント。

犯人逮捕後
2004年12月30日早朝に逮捕された犯人は、小児性犯罪の前科を持っており、成人向け恋愛ゲームに必要なパソコンを所持しておらず、また、フィギュア マニアでもなかった。しかし、大谷昭宏は「私は最初からフィギュアオタク的なロリコンが犯人だと言ってきた」と主張を変えることはしなかった [2]。 2005年1月13日、朝日放送のワイドショー「ムーブ!」で、「服役している性犯罪者にロリコン雑誌が差し入れられている」という話題について、「日本の社会は、グダグダ言ってきてるアホたちをそういう所に放り込んで性欲減退の処置を取れる!」と糾弾。

2005年8月6日、事務所のホームページのコラム『「会えて、よかった」に会えて‥‥。』を執筆。このコラムによると、被告の弁護を担当している高野嘉雄弁護士が被告の反省を促すために、被告に大谷昭宏の恩師である黒田清の著書「会えて、よかった」を読ませ、それを読んだ被告が徐々に反省の意を表すようになったとの事である。大谷昭宏は急遽事務所の吉富有治に命じ、8月4日発売分の週刊FRIDAYに『奈良女児誘拐殺人被告「獄中で書いた読書感想文」を初公開!』という記事を書かせている。

また、2005年8月5日放送のスーパーモーニングでは、恩師の黒田清について「ジャーナリストの仕事はこの様な形で残さなければならない。高野弁護士と巡り合う機会を作ってくれた事に縁を感じる」、また高野弁護士の姿勢について「『社会がどうしたらこういう人間が出てくる事を防御できるのか学習して欲しい』と仰っている」とコメントし、ジャーナリストとして被告自身に向き合う事の重要性を示唆している。

発言への批判
この記事や節には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります。Wikipedia:独自研究は載せないを確認の上、情報、解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください(テンプレート)。

雑誌メディア
2005年1月25日に発売された扶桑社の週刊SPA!2月1日号が『誤解と偏見の「オタク迫害」に異議アリ!』という特集を組んでこの問題を取り上げた。

この中で保坂展人は、教育ジャーナリストとして、被疑者逮捕前に予断で犯人像について騒ぎ立てたメディアを、「事件とは関係ないところでロリコンやフィギュア好きを迫害する気分を作ってしまう」と批判し、被疑者逮捕後の報道内容については「被疑者が何故犯行に至ったのかという事件の本質を検証しなければ、報道の意味がない」と指摘した。

その他
2005年2月14日には、東京で行われた公開シンポジウム「おかしいぞ警察・検察・裁判所」の質疑応答で「『フィギュア萌え族』発言が、権力の腐敗の一因となる『危ない奴へのレッテル貼り』だと批判されている事をどう思うか?」という質問が出た。 これに対し大谷昭宏は、事件の凄惨さとそれに対する憤りを強調した上で、「事務所が嫌がらせを受けている」「私は『一部の非常に曲がったロリコンのフィギュアのオタクの中に被疑者が居るんじゃないか』と言った」「犯人はスクール水着に少女の下着を詰め込んでフィギュアを作っていた」等と激しく抗弁。

2005年2月24日には、大谷はTBSのラジオ番組「アクセス」に生出演し、「子供たちは社会が総力を挙げて守るべき。私が一部の変なフィギュアや児童ポルノやアニメを批判したところ、そういう趣味の持ち主から総攻撃された。ミーガン法では住民がパニックになるだけだ」と主張して、2人の子供を持つ聴取者から「フィギュアやアニメに興味を持つのは、趣味嗜好の問題でそれはそれでいいと思う。ミーガン法で問題になる守秘義務を守る事はできる」と反論された。

2005年3月12日に東海テレビ「スーパーサタデー」で『氾濫児童ポルノ』と題した特集を放送した。そこでは秋葉原で売られている個人製作のパソコン用アダルトゲームの製作元(個人の民家)への取材が行われ、また販売店舗の映像と奈良小1女児殺害事件の遺体遺棄現場の映像をオーバーラップさせる等の演出が行われた。この際に「インターネットには自分達の主張が通らないという事で、私を攻撃する者がいる」と、主張した。

2009年01月24日

ゼータガンダム、Ζ-GUNDAM: ZETA GUNDAM

ション トリソウ コホシュ 砂漠 スタディ イライン リセッセ シミュレ タリオ ドライシ アカネス 晴レルヤ グレープフ イナル タラップ クォーラム ウンセケ ブルート シュガ オートク しむか かんげん ボール 海辺の扉 ブィク バック ミディア 蛍の光 スクリュ 天喜人気 チーズ セラピー ゴリラ コレク ブックパカ テクタイト スローピン サンダー タータン ガイドヒヒ シトリン プリ マップ テークオフ シュビル クイヤン バンド トピック SEOタウンテニス シーディー

ガンダム(ゼータガンダム、Ζ-GUNDAM: ZETA GUNDAM) は、テレビアニメ『機動戦士Ζガンダム』『機動戦士ガンダムΖΖ』などに登場する架空の兵器。エゥーゴの攻撃型試作可変モビルスーツ。(型式番号: MSZ-006)
エゥーゴとアナハイム・エレクトロニクス社による共同開発計画「Ζ計画」で開発されたアナハイム・ガンダムのひとつ。リック・ディアス(γガンダム)から数えて4番目に開発されたため、その開発コード「ζ」からΖガンダムと名付けられた。

宇宙世紀0087年、エゥーゴと協力関係にあったアナハイム・エレクトロニクスはリック・ディアスの完成と同時に次世代超高性能モビルスーツ (MS) 開発計画Ζ計画を発動させる。百式、メタスの試作後、アナハイムはエゥーゴの象徴たる超高性能機Ζガンダムの開発に着手したが、設計は難航した。しかし、ティターンズによって開発されたガンダムMk-IIが同社に持ち込まれた事で状況は一変する。ガンダムMk-IIは機能的には第2世代MSに到達していない機体ではあったが、そのムーバブルフレームの設計思想は斬新であり、可変MSに要求される機能を十分に備えていたためである。また、添えられていた民間人の少年(カミーユ・ビダン)の手になるメモ程度の設計案が引き金となり、設計は加速度的に進展していった(『Ζガンダム』劇場版ではカミーユは開発に協力をしていない)。

こうして完成されたΖガンダムは、ウェイブライダー (WR) と呼ばれる巡航形態への変形能力を備えており、宇宙空間から重力下までの連続運用を可能とする破格の汎用性を持っていた。同機に採用されたムーバブルフレームの基本構造は、コピーが容易である上に、ガンダムMk-IIのものよりも高い強度を有しており、以後に開発されたMSの殆どが、どこかにこの構造を取り入れているといっても過言ではない。これによりΖガンダムは機体構造そのものを変更し、複数のミッションに迅速に対応することが可能となった。この機能は既存のモビルスーツを遥かに凌駕する機能であり、便宜上第3世代MSに分類される。無論、第2世代MSで確立されたオプション対応能力もそのまま継承されている。

脛部には2基の熱核ジェット/ ロケットエンジンを搭載すると共に、背部にはAMBACシステムとスラスターとしての機能を併せ持つロングテールバーニアスタビライザーを装備、大気圏内外において優れた加速性能を発揮する。また、MS形態時には背部ムーバブルフレームに接続されるフライング・アーマーは換装も可能であり、大気圏内での性能に比重を置いたウイング・バインダータイプのものも用意されている(これについては後述を参照)。

装甲材質はリック・ディアスや百式同様ガンダリウムγ合金が使われている。大気圏突入を行うという機体特性上、WR形態時に機体下面に形成されるシールドユニットを中心とした外装は突入時に伴う空力加熱を考慮し、入念な耐熱処理が施されている。整備性に問題が有ったとされるが、これとほぼ同様の機構が後発機であるΖプラスシリーズに継承されている。

また、センサーの有効半径はこの当時のMSとしては高い部類に入り、敵の有効射程外からの先制攻撃を行いやすくなっている。

Ζガンダムは、当時のエゥーゴの基本戦略であったジャブロー攻略を念頭に開発された機体であり、ウェイブライダーの機動力を活かしたヒット・アンド・アウェイの運用に主眼を置いている。機動用デバイスはロングテールバーニアスタビライザー1基と姿勢制御スラスターは8基と、当時のMSとしては標準的な装備であり、運動性よりも直線的な機動力を重視した設計となっている。しかし、当時の可変MSとしては機体各部の可動性が高く、パワー・ウェイト・レシオにも余裕があるため、白兵戦に対応することは十分に可能である。熱核エンジンはピーキーなセッティングが施されており、メインスラスターの最大推力は同世代の機体よりも高く設定されている。但し、最大出力時には、若干不安定な稼動を見せたという。オプションであるハイパーメガランチャーはウェイブライダー時にも使用可能であり、加速性能と火力を両立させた機体として画期的であった。当時、高速一撃離脱戦闘が可能な機体はΖガンダムを含め極少数しか配備されておらず、大きなアドバンテージとなったのである。

このように優れたパフォーマンスを見せたΖガンダムであったが、複雑な機体システム故の高コスト、劣悪な整備性といった問題も残されており、そのままの形で量産化に移行することは不可能だった。機体挙動自体も非常にピーキーで先鋭的な特性を示した為、操作性が低下した点も理由の一つである。特に後者に関しては、後に簡易サイコミュの一種である試作型バイオセンサーが搭載されるなど、操縦系統に改良が施されているが、根本的に搭乗者を選ぶ傾向の機体であった点に変化はなく、宇宙世紀0091年に完成された系列機リ・ガズィにおいても同様の問題を抱えていたという。しかしグリプス戦役当時、標準装備のまま大気圏再突入が可能な唯一の機体でもあり、後に多くの系列機を生み出している。

武装
60ミリバルカン砲
頭部に2門設けられた回転多砲身式機関砲。近接防御用の装備である。ガンダムMK-IIではオプション化されたバルカン砲が、本機では変形の際に頭部を収納するために内装式の兵装となっている。
2連装グレネードランチャー
標準装備として前腕部に装備(装弾数片腕4発)。外形はグレネードであるが、簡単なロケットと追尾装置が組み込まれており、実際は短距離誘導ミサイルである。的確な運用であれば敵機に致命的な損傷を与えることも可能。オプションマガジンによって装弾数の追加も可能(19発)であるが、変形時には除去する必要がある。
他にワイヤー装備型も存在し、奇襲攻撃等に有効。
ビームサーベル
腰部ホルダーに装着した状態であればビームガンとしての使用も可能。但し出力が低く、あくまで牽制用の装備として位置づけられている。サーベルとしての出力は0.65MW、ビームガンの出力は1.3MW。
ビームライフル
ガンダムMk-IIと共通のEパックを使用し、互換性が保たれている。出力は5.7MW。ウェイブ・ライダー時には銃身を縮めて機体上部に装備可能。
銃口にビーム刃を形成し、ロングビームサーベルとしての使用も可能。
ハイパー・メガ・ランチャー
内部にジェネレーターを備えているため、外部からのエネルギー供給がなくても発射可能。ただし本体からのエネルギー供給も併用して連射間隔を縮めることが可能。出力8.3MW。独自の推進力を備えており、移動時にデッド・ウェイト化することがない。しかし、ランチャーの発生する慣性モーメントは膨大であるため、近接戦闘には適さない。こちらの武装もロングビームサーベルとして使用することが可能。WR時には下部に装着できる(47話で確認可能)。
なお、「ハイパー・メガ・ランチャー」という名称は『機動戦士ガンダムΖΖ』終了後に創作されたもので、オンエア当時は「メガビームランチャー」という名前であった。また上述のような描写も放送当時にはほとんど存在しておらず、一部ゲームでみられるようなWR形態での射撃場面もない。変形シーンをバンクシステムとして使用する都合上、出撃シーンはMS形態であることが多く、劇中ではもっぱらMS形態で抱えて母艦から出撃していた。百式のメガバズーカランチャーのように格別威力が高いような描写もされておらず、通常のビームバズーカのような演出だった。
シールド
フライング・サブ・ユニット (FSU) としての機能を有し、WR形態時には機首となる。しかし、大気圏突入時に機体防護上重要な役割を担うユニットを、戦闘中最も破損する可能性の高いシールドとして使用するシステムには問題があり、やや機体設計の混乱が生じた部位と言える。強度、耐熱性共に高く、格闘戦時には打突兵器としても使用され、先端部の突起を利用してガザDの頭部を損壊させた。劇場版ではシールド内側にミサイルも装備。
この他に『機動戦士ガンダムΖΖ』第19話にてガンダムMk-IIのハイパーバズーカと思われる武装を使用している。

変形
ガンダムシリーズで主役機が変形するのはΖガンダムが最初である。この変形機構について人型のMS形態から戦闘機型のウェイブライダー形態(WR形態)に変形する過程を示すと、

テールスタビライザーを伸ばし、ビームライフルを機体背面のスタビライザーの基部に装着する。
アンテナをたたみ、胸カバーをコクピットブロックごとはね上げる。
頭部を胸に引き込み、腹部を絞るように折りたたむ。
腰のアーマーを前方へ回転させ、股関節をがに股状に開く。
両腕を胸の中にたたみ込む。
シールドを顔を隠すように装着する。
左右のフライングアーマーを上下反転させながら正面側に廻し、翼を引き出す。
足首を閉じ、膝から下を後ろ(戦闘機型の上側)にずらす。
という非常に複雑なものである。設定ではこれらを同時進行で行い0.5秒ほどでMS形態からWR形態へ変形を完了することとなっており、アニメの後期OPでは本機が地球側に向かって飛び去るラストシーンでMS形態からWR形態へと瞬時に変形しているが、劇中映像ではアーガマからの発進時などで変形シーンを見せ場として使用するためにそれ以上の時間をかけており、初期は変形完了時に引き出される翼の表面にハイライトを走らせるという手の凝りようであった。また、逆の手順でWR形態からMS形態に変形するときも同様に時間をかけている上、これを回転しながら行っている。そのため、『ガンダムΖΖ』第1話の「プレリュードΖΖ」では変形シーンの映像に併せてクワトロが説明を行うシーンでは、カミーユが目を回さないことにシンタとクムが驚いている。

ウェイブライダー
ウェイブライダー(WAVE RIDER、以下WR)は逆V字型の正面形と楔型の平面形を持つ飛行体であり、超音速飛行時に発生するショック・ウェイブ(衝撃波)を機体下面に集中し、これに波乗りするようなスタイルで飛行する。「ウェイブライダー」のネーミングはこの機能に由来する。

Ζガンダムの配備以前にガンダムMk-II用として実戦投入されたフライングアーマーはWRの機能を検証するために開発されたものであり[1]、ジャブロー攻略戦において使用されている。また、WRは再突入能力のみならず、宇宙戦闘機としても優秀な加速性能、及び航続距離を備えている。機体形状の変更によって、各部に分散配置されたスラスターのベクトルが機体後方に集中し、全推力を加速のみに用いることが可能となる。腕部や脚部などのモジュールは、剛性が大きくなるよう全て固定されており、WR時の機動は各部のバーニアスラスター、及びテールバインダーによって行われる。AMBAC機能が制限されるため、MS形態に比べ運動性が低下し、機体機動は直線的なものに限定される。しかし、WRは基本的に高速移動を目的とした形態であるため、運動性が必要な場合はMSに変形すれば良く、問題にはならない。また、サブフライトシステムとしての運用も可能であり、MS1機程度であれば搭載したまま再突入が可能である[2]。また、ドダイのようにMSを乗せて連携戦闘をすることも可能であり、キリマンジャロ基地攻略のときは、クワトロ大尉がドダイの代わりにZに百式を載せて飛行し、無人のZガンダムを百式から遠隔操作してカミーユのもとまで運ぶシーンがあった。

WRは熱核ジェットエンジンによって大気圏内飛行も可能であるが、機体の翼面積が小さく、実際には膨大な推力によって強引に機体を飛翔させているに過ぎない。そこで、空戦能力付与のため、可変後退翼を備えるウェイブシューター (WAVE SHOOTER) タイプのフライングアーマーも考案されている。ウェイブシューターは大気圏突入能力は持たないが、大気圏内での低空飛行性能や離着陸距離、航続距離を向上させることが可能であり、MS形態時にはウイング・バインダーとしても機能する。この技術は後に量産機として開発されるΖプラスへと受け継がれている。

本機の変形システムはVMsAWrs(ヴァモーズ、Variable Mobile-suit And Wave-rider system)と呼称され、プラモデル等では機体胸部などにロゴがマーキングされている。

2009年01月17日

イノケンティス七世の弟

イノケンティス七世の弟。公爵。政治、軍事、両方ともに卓越した手腕を持つ。ルシタニアの実質上の最高権力者。兄であるイノケンティス七世より常に厄介な相談事を持ちかけられ内心では腹立たしく思っており、いつかは王位につきたいとの野望を持っている。マルヤムを攻め落とし第一次アトロパテネ会戦でパルスに快勝した。その後パルスの王都エクバターナも攻略して一時的とはいえパルスへの遠征を成功へと導いた。しかし最終的には第二次アトロパテネ会戦で、アルスラーン率いるパルス軍に敗れてマルヤムへと落ち延びる。一代の梟雄であり、どちらかといえば悪党なのだが、イノケンティス七世、ボダンを始め、まわりの規格外の奇人怪人に振り回される、苦労性の常識人というイメージが強い。
こどまり バーベキュー スターライト ハンバ むぎわら ヘデラ スクエア レポレート タチアオイ かささ あとがま レムリア 紙飛行 モノカイ サフル サウジ ラノオ ダクション かしはら デコラ フルス レべリング クンツ フェライト かぶとが ピンチ ナビユタ わらび野 コロポ リパー ライセ あねご トーテム 世界一周 しゃな ロコモー シュー ファーム てごろ ンソウ ドライ リード オミット ドルチェ イズム セッティ スイート ハジサー つきほと 桃一郎

[第2部]
大戦後はパルスからマルヤムに落ち延び、ルシタニアには帰還しなかった。ボダンによって捕らえられ牢につながれる。協力者を得て牢から助け出され、マルヤムで勢力を誇るボダンを破り(マルヤムの)王位に就く。後年、彼の興した王朝は、彼の挙兵の地にちなんで「ケファルニス王朝」と呼ばれる事になる。捕らえたボダンの処刑については「お前(ボダン)をいたぶる快楽をパルス人に与えてなるものか」(本人談)と言い放った。

主な聖職者
ジャン・ボダン

[第1部]
ルシタニア王国国教会の大司教。異端審問官(インクイシチア)。イアルダボート教の教えを広めるためには焚書、虐殺なども平気で行う狂信者。教会直属の武装集団である聖堂騎士団(テンペレシオンス)を配下に持つ。ギスカールの政敵であり狡猾な人物で、戦いに敗れても生き延びる不気味な存在。聖堂騎士団の団長であるヒルディゴの死後、王室(王弟ギスカール)と教会(ボダン)との対立が激化し、配下の聖堂騎士団を率い、ザーブル城に立てこもる。ザーブル城での敗北後にパルスからマルヤムに落ち延びる。
[第2部]
マルヤムを実質支配し、イアルダボード教の総大主教となる。一時的に神聖マルヤム教国の教皇と称した。しかし同じくパルスからマルヤムに落ち延びてきたルシタニアの王弟ギスカールと対立し、自らの失言によって形成が逆転し敗北する。マルヤム各地を転々と逃げ回ったあげくに捕らえられ処刑される。
ヒルディゴ

[第1部]
ジャン・ボダン配下の聖堂騎士団(テンペレシオンス)の騎士団長。赤黒い鬚を持つ男で強欲な人物。マルヤム駐屯時は、50万人もの男女を奴隷として売り飛ばした。ルシタニア王室に対抗する為にボダンによって、聖堂騎士団ともどもパルスへ招聘されたが、密室で同衾の美女と共に不可解な死を遂げる(実は魔導師の仕業)。

主な将軍・貴族など
ボードワン

[第1部]
モンフェラートと並ぶギスカールの腹心の部下で、ルシタニアでは数少ない大軍を指揮できる将軍。ギスカールの切り札の一枚。ルシタニアの先発隊を率いてパルス軍と戦ったが、キシュワードによって討ち取られる。名前の由来は第四回十字軍参加のフランス諸侯フランドル伯ボードゥワンか。
モンフェラート

[第1部]
ルシタニアで最も高潔な騎士として知られる。ルシタニアでは数少ない大軍を指揮できる有能な将軍であり、ボードワンと並んでギスカールの腹心の将軍。ルシタニア人ではあったが、神の名の元に異教徒を殺戮・略奪することには懐疑的。聖堂騎士団に属していた弟を銀仮面卿によって斬殺される。ギーヴによって討ち取られる。
バラカード

[第1部]
ルシタニアの将軍でボードワンの副将格。トゥースの鉄鎖に顔面を砕かれ戦死する。
ファン・カリエロ

[第1部]
ルシタニアの将軍。男爵。モンフェラートの腹心。
ゼリコ

[第1部]
ルシタニアの将軍で子爵。国王殺害未遂犯となっていたイリーナ姫を救出した銀仮面卿(ヒルメス)が王都を離れる際、その追撃部隊の指揮官に任命されるが、ザーブル城向かう途中で待ち伏せしていたサームらパルス軍によって討ち取られる。
ルトルド

[第1部]
ルシタニア屈指の大貴族で侯爵。狂信的な言動をもてあましたギスカールに実質的に追放され、ダイラム地方に私兵三百騎を持って侵攻する。
[第2部]
ルージ・キルセ(紅い僧院)の街の囚人。パルス語が話せないために身元不明のルシタニア人として牢に収監されていた。